夢を見た。
泣いている私に、あなたは『どうしたの?』と尋ね、私は『あんたに泣いている姿を見られたから悔しいの!』と返したが、『それは答えになっていないよ?』とあなたが再び私に問いかける。
━━… お願いだからそれ以上、何も聞かないで。
そう思いながらも夢の中の私は、『だって、弱っている私の姿をあんたには見られたくないから』と素直に答えてしまった。
━━… 指先が…手が…かじかむ…。
現実的な感覚を覚え、コレが夢だと気がついて、昨日の出来事を思い出す。
捜査中ミスをした。
下手をすれば冤罪を作りかねないほどの…。
それをアイツが、『あ〜…それ。ボクが勘違いしてたみたいなんだよね〜』。とか軽々しく自分の罪だとか言ったのがいけない。
私は思わず反射的にミスした理由を説明しかけ、それに気がついたアイツに『あ〜…とにかく、ソレは被害者側の証拠品だからそっちの方にやっといて。で、刑事クンはこっちに来て』と、その言葉と共に連れ出され、『最近、科捜研関係の試験勉強がキツイのは分かるけど、職を失いかねないミスは気をつけてね』とか、相変らずの優しい口調で説教をする。
それが私の神経を逆撫でし、そして、心を痛めつける。
━━… 失敗した私を庇わないで。
そして…庇う事であなたを傷つけないで…。
唐突に襲う悲しみ、不安……心の痛み。
私はかじかんだ指先でその答えを求めるように、自分の周りに散らばったパズルのピースを捜し求め、必死になってそれを完成させようとしている。
一つ一つはめられていくパズルのピースは、私の心にぽっかり空いた心の隙間を埋めるように、はめられる度に私の中にある『答え』を導き出していく。
早く完成させたい。そうあせる自分と、完成させたくない。そう思う自分。
完成させてしまえば、イヤでも自覚してしまう。
気付きたくない。
気付かなくていい。
気付かなければいけない。
気付いてしまえ。
自分の中の葛藤に気がついて手を止める。
━━… あと一ピース埋めれば私の心のパズルが完成する。
でも…その残りのピースがどこにあるのか、手を周囲にさ迷わせても見つからない。
指先はかじかんだままで、更に冷たくなっている。
そして、心も冷たく、先ほどから激しく痛む。
あと一ピース。
それを私は見つけたいのか、見つけたくないのかが分からない。
だからうずくまり膝を抱えて、声を殺して泣き出した。
『どうしたの?』
あなたの優しい声が私の上から投げかけられる。
お願いだから私に声をかけないで。
私はあなたにこんなに弱っている姿を見られたくないのだから。
それなのにあなたから優しい声をかけられた私は、子供のようにまた更に泣き出してしまった。
逃げ出したいのに逃げ出せない。
気付きたくない…気付かれたくない。
気付かなければ今のまま。
気付かれなければ今のままの関係で居られるのに…。
『どうしたの?』
困っているような声。
ああ。そうだろう。
あなたに私のこんな姿を見せるのは初めてなのだから、あなたが戸惑うのも当然だ。
そういう自分も戸惑っている。
『あんたに泣いている姿を見られたから悔しいの!』
『それは答えになっていないよ?』
私の強がりに、あなたは困った子だな。と言わんばかりの苦笑をこぼしながら言う。
ああ。だめだ。
この気持ちに気付かれたくないのに…。
気付くのが怖いのに…。
どうしたら抗う事ができるのだろうか。
この気持ちに…。
『だって、弱っている私の姿をあんたには見られたくないから』
本音の混ざった最後の強がりを言う。
でも、どうしても言えなかった。
パズルの最後のピースが見つからない。
いや、見つけたけれど…はめられない。
だから私を放っておいて。
そっとしておいて。
かじかんだ私の指を、あなたの暖かい大きな手が優しく包み込むと、『…冷たいね』とあなたはそう一言告げてから、私の指先に温もりが戻るまで待ち…
『大丈夫だから…』
と告げた瞬間に、たった一つ残っていた隙間に、カチリとピースがはまった。
それと同時に私の意識が現実世界に呼び戻され、《ピピピピ〜…》というけたたましい電子音に眉を寄せる。
私は重い心のまま、その電子音を発している目覚まし時計を止めた。
顔をパタパタと触り、涙で濡れていない事を確認してから、膝を抱えて大きく溜息をつく。
「どうしてアイツなんて好きになってんのよ。私は…」
ベッドの上で思わず呟くと同時に、私は好きだという自覚を持ったのだから、この気持ちをアイツに隠し通さなければ。と言い聞かせる。
そして『好き』という気持ちに蓋をしてから、私は出勤する準備を始めた。
どこまでも晴れ渡る青空の下で、なぜ、殺人事件の捜査なんてしなくちゃならないのか。
そう思いながら私は今日もサクサクサクサクと、かりんとうを噛み砕く。
やはりかりんとうは良い。
堅い物を噛み砕くのはストレスの発散になるし、考えすぎた頭には糖分が必要だ。
今の私には、科学捜査官になることが第一で、アイツに庇われるようなミスをもう二度と仕事ではしない。というのが第二に考えなければいけないことなのだ。
だから、アイツを好きだとかそんな事を考えているゆとりなど、私の思考にはないのだ。
「あ。刑事クン、オハヨー。今日も良い天気なのに殺人事件の捜査なんて本当に気が滅入るよね」
背後から不意にかけられたアイツの声に一瞬ドキリとしながらも、私はギギギ。とでも音が出そうな様子でその声の主を見る。
振り返ればいつも通りの軽薄そうなチャラチャラした笑みを浮かべて、ジャラジャラと音をたてながら立っている。
「おはようございます」
「うんうん。相変わらず嫌そうな顔でボクを見るね。
昨日の落ち込み具合から、ボクから逃げ出すんじゃないかな?とか不安に思ってたけど、立ち直れているみたいだから安心したよ」
よし。どうやら私はいつもどおりにコイツと接することができているらしい。
「もちろんですよ。こんなジャラジャラした、おふざけ検事さんに自分の失敗を庇ってもらったのかと思ったら、名誉挽回するために、いつまでも落ち込んでなんていられませんよ!」
心臓が早鐘の如く動いているが、それを悟られないように私は必死に平常心を装いながら、そんな強がりを口にして、検事に背を向けて事件現場に向かって歩き出す。
そして、あなたが私の恋心に気がつくその日まで、この気持ちは私だけの秘密にしてやる。とそう堅く誓った。
夢のアト…
2011.11.03UP