「みぬき、絶対許さないんですから!!」
『ゆ…許さない!?』
凄みを利かせた声で、みぬきが物騒な事を口にしたので、法介も思わずそう口にして、狙わずして二人の声が重なった。
「そうですよ!どうして好きな事を辞めなきゃいけないんですか?
お遊びでもガリュー検事は、ロックが好きだったんですよね?
だから、二束の草鞋でも続けられて、どっちの世界にも受け入れられたんですよね?
まだそこに芸を求めるお客さんがいる以上、芸人たる者、お客の要望には応え続けなければいけないと思うんです!」
自分は芸人なのか、歌手なのか、はたまた検事なのか。
一般人から見た自分の立ち位置は曖昧だな。と、彼女の表現からも理解した。
本職は検事。歌は趣味。
その枠組みは今も昔も変わらない。
でも、あんな事件が起こってしまった今、検事を続けていくためには、趣味を切り捨てる必要があるように思えた。
片手間で検事の仕事をしていたから、七年前、真相を取り逃し、その年月を欺かれていたと悟った今は、このままどちらも。という気持ちにはなれなかったのだ。
それにあの時、兄が自分に向けた言葉を、多分、一生忘れないし、忘れられない。
─…お前の検事として築き上て来た経歴も、世俗的な人気も…。
全てが無に帰すのかもしれないのですよ。
別に、経歴や人気。
そんな物は二の次だったのに、いつの間にか忘れていた。
それに立ち返るための原点になった、あの言葉。
「もしかして、あの法廷でお兄さんに言われた事を気にしてるんですか?」
見透かされて、驚いた。
そして、自分を見つめる曇りない、みぬきの瞳が少し恐くも感じた。
「……今は…、歌うよりも検事の仕事の方が大事なんだ」
「嘘!」
即座に指摘される。
中学生に丸め込まれた大学生の気持ちが、今、ちょっとだけ響也にも分かった。
「お兄さんと牙琉検事は別の人間なんですよ!
彼が何を言ったって、牙琉検事は牙琉検事じゃないですか!
ガリューウェーブのボーカル、ガリューが好きな女の子達は、お兄さんの事なんて関係なく、歌って、ギター弾いて、ブイブイ言ってて、音楽が大好きで、王子様なガリューが大好きなんです!」
その真剣な眼差しは、射抜くようでありながら、今にも泣き出しそうでもあった。
「それに、検事の牙琉さんは、ちゃんと逃げずに、自分が本当に大切にしてた物を守ったじゃないですか」
「…本当に…大切な物…」
「法廷で王泥喜さんに、“あなたにとって本当に大切な物を思い出してください!”って言われた時、ガリューさん“本当に大切な物は、どんな時にだって忘れない”って言ってたのに、歌い続けていたいって、自分の正直な気持ちは、捨ててしまうんですか?」
─大切なのは、真実を知る事。
幼い頃に兄に言われた言葉を思い出す。
あの頃からずっと、自分は己に正直に、知りたい事の本質を知ろうと努力を続けた。
そして、それを教えてくれた兄が、弁護士を目指すと語ってくれた時から、自分は検事になろうと決めた。
同じ道を歩いては、肩を並べる事はできないと知っていた。
そして違う道を歩む事で、共に真相を探る探求者になれる。と信じて疑わなかった。
事件が解決して尚、兄がどこでボタンを掛け違えたのかは、未だに分からない。
弁護士になった事が兄にとっての不幸の始まりだったか、もしくはそれ以前、幼い時分からそういう傾向があったのか。という事も。
ただ、あの裁判の後でも、響也ははっきりと思い出せる。
優しかった兄の事を…。
まあ、厳しくもあったが。
「ガリューさん!自分を偽らないでください!」
『もう自分を偽るのは、やめてくれ、アニキ』
みぬきの悲痛とも言えるその言葉が、あの法廷での自分を思い起こさせた。
いつも追いつきたいと追っていたその背中。
並べたいと思っていた肩。
時には悩みを聞いてもらい、たわいない話もした。
幼い頃、どこかへでかける際には、『迷子にならないように』と、いつも手を繋ぎ、彼の身に危険が迫れば、守ってくれた事もあった。