「お兄さんが初めてだったんです。
私の悩みに気がついてくれて、親身になってくれた人」
それは、裏があっての行動だよ。
それを知っても、君が兄を“優しい”と言ってくれるのなら、君の方がよほど、優しい人間だよ。
そうとは心の中で思うにとどまった。
「楽しかったですよ。お兄さんとのおしゃべり」
輝かしいばかりの笑顔で、あの頃の事を語る彼女に、響也は「そうか」と、気がついて、溜息と共に、どこか寂しげな笑みを浮かべる。
彼女がこうも、兄について好意的な事を言ってくれるのは、つまり、相手に対して淡い恋心を抱いていたのだろう。
それに、出会いの少ない生活をしていた少女は、当時12歳だ。
初恋だった可能性だってある。
だからこそ。
何かしらの企みはあったにせよ、その裏に、善意があったのだと、そう信じたいのだろうと。
響也からすれば、善意があるように見せかけて、殺そうとした真意を隠そうとしたとしか思えないのだが、それも彼女には言わない事にした。
これ以上、彼女を傷つけたくは無かったし、それを言ってしまえば、自分自身を傷つける事でもあると分かっていたから。
だからこそ、彼女の口から、兄の事を聞くのも辛くなり、彼は話題を変えることにした。
「尋ねてもいいかな?」
「はい?」
「君は、これから何をしたい?」
尋ねるまでもなく、彼女のやりたいことなんて、おおよその見当はついている。
今までも、これからも、彼女の才能を見れば、やれる事はおのずと分かる。
「私、これからも絵を描き続けていきたいです」
「…そう言うと思っていたよ。
でも。今まで贋作を作ってきた君を、このまま黙って画壇の世界に旅立たせるのは、捜査権を持った人間としては、再犯防止の意味もかねてできないんだ」
そう告げられた時の彼女は、明らかに悲しげな、そして動揺した表情を見せた。
その顔には、
─私から絵筆を奪う気ですか?
という問いかけと、恐怖の色濃く浮かんでいる。
女のその顔を見て、響也は溜息をついた。
本当に自分は、この子にこんな顔しかさせないな。と、自虐的な事すら思う。
しかし彼は、気を取り直して、再び口を開いた。