「………悲しそうな目」

 不意に声が部屋に響き、自分が思考の奥底へと落ちていたのだと気がついた。

 彼女が目を覚ました事にすら、気付けないほど、深い所で考えていたのだ。

 そして今日こそは、今まで口に出来なかった言葉を口にするのだと、深々と頭を下げる。

「…ぼくが不甲斐無かったばかりに、君を死なせかけてしまった。
 本当に申し訳ない」

 今回の事は、全て自分の未熟さが生んだ、連鎖的な事件だ。

 罪のない弁護士が捏造の疑惑を掛けられ、バッジを失い、そして、師と信じていた者を、新人弁護士はその場から失墜させた。

 兄にしてもそうだ。
 あの七年前に、兄の薄ら暗い感情に気がついていれば、殺人犯にならずに済んだだろう。
七年前に自分も含め、兄もその地位を失っていたかもしれないが、他人まで巻き込む事はなかったはずだし、少なくともまことの父が死ぬ事もなかったはずだ。
多分、みぬきの父親も。

「…顔を上げてください」

 困ったような口調でまことが言う。

 しかし、響也はなかなか顔を上げられなかった。

「…私が悪かったんです。
 父が喜ぶからと、何も考えずに人を騙すような仕事をして…。
 それに、今回の事も。
あなたのお兄さんに教えてもらったおまじないに、すがらなければ外に出られないほど、意気地なしだった私自身に、責任があるんですから…」

 そこでまことからの言葉が途切れ、響也はのろのろと顔を上げると、彼女の表情を確認する。

 そこにはあの時とはまるで違う、柔らかな優しい笑みを浮かべている彼女が居た。

 響也が顔を上げたことで、まことは再び口を開いた。

「それに私より、あなたの方がよほど辛い思いをしたんじゃないですか?
 今の貴方は、すごく傷ついた顔をしてますよ。
 私はもう大丈夫です。あなたやオドロキさん、みぬきさんのおかげで、変われるように思います」

 穏やかに笑う彼女を見て、響也の表情も綻んだ。
 これで全てが許されたわけではないと分かっていても、安堵感を覚えた。

 そして、手にした花をまことに、「どうぞ」と、慣れた手つきで渡すと、手近に合った椅子をベッドに寄せ、そしてそこに座った。

「初めてあなたのお兄さんを見た時、天使かと思いました」
「…天使?」
 男を天使に例えるとは、ちょっと不思議な感じがする。

「あまりにも綺麗で、今まで会ったどの人よりも、美しかったから。
 彼みたいに綺麗な男の人は、この世には二人といないだろうなって。
子供ながらに思ってたのに、検事さんに会った時、ビックリしました」
「…まあ、親族でも。
 似たようなを着ているだけで、ぼくらを見間違えるくらいだからね。
 赤の他人の君がぼくを見て、驚くのも納得がいくよ」

 そう言えば昔、兄が付き合っていた女性にも見間違えられ、恐ろしい思いをした事を思い出す。
 それ以来、趣味や趣向が違う事もあり、兄とは正反対の格好をするようになったのだが。

 そしてその思い出と共に、その事を考えるのはよそうと気持ちを切り替えようとした。
 兄と瓜二つだった事で、良い思いをした事なんて一つもないと、彼は今更、気がついた。

 急に青ざめてしまった彼に、まことが心配そうに「どうしました?」と訊ねてくると、響也はこなれた様子で表情を取繕い、「なんでもないよ」と微笑んだ。

「お兄さん。優しい方でしたよね」
「…君にそう言ってもらえるとは…」
 皮肉かな?とも思ったが、あえて言葉にはしなかった。




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