※ネタバレがあります。
未クリア&未プレイの方はご注意下さい。
綺麗に飾られた駅前通を歩きながら、その美しさに息を飲み込んだ。
確かに、宮城仙台の七夕祭りといえば、日本でも有数の祭と耳にしていたが、ここまでのものだとは思ってもいなかった。
最初は“どうしてこんな田舎の町まで、出張に来なきゃいけないの!!”と腹立たしくも思ったが、今ではこれを直接、見られた事を、出張理由を与えてくれた、逃亡犯に感謝している(不謹慎ではあるけれど)。
ただし…。
「本当に見事なものだね」
呑気にこんな感想を述べている、担当検事までここにいなければ、気分はもっと最高だったはずだ。
せめて、成歩堂か今年の秋には、戻ってくるという噂の、あの赤いヒラヒラした検事さんと一緒なら、もっと素直に喜べたはずだ。
「…そ…そうですか?別にこの程度の祭、うちの近所でもやってるでしょ」
ほらやっぱり。
この男に対して返す言葉は、たいてい憎まれ口と決まっていた。
どうしてもこの男と居ると、自分のペースが崩される。
だからその口からはいつも、憎まれ口と毒が先に吐き出される。
本当は、あの事件の後、優しい言葉の一つでもかけてやりたいと思ったのだが、『バンドを辞める』と耳にして、『辞めるんだ』くらいしか口に出来ず、結局、いつもどおり彼に接していた。
だから正直、彼がどうやってここまで立ち直ったのか、少し腹立たしいとも思う。
とにかくこの男は、自分の神経を逆撫でするのだ。
「刑事くん、嘘はいけないよ」
ぬっ、といきなり響也が顔を近づけてきたので、茜は思わず、ひっ。と小さな悲鳴を上げ、その瞬間に、手にしていたかりんとうを、その男の顔面めがけて投げつけた。
それは見事に男の眉間にヒットし、その端正な顔を歪ませる。
その瞬間、茜は内心、「ざまぁ〜みろ」と、舌を出して喜んだ。
「痛いじゃないか、刑事くん」
眉間をさすりながら、「酷いよ」と、拗ねたように言う響也に、茜が「うるさい!」と一括してから、「いきなり顔を近づけてくるのが悪い!!」と続けた。
「それは刑事くんが嘘をつくから悪いんじゃないか」
「私がいつ、嘘をついたってのよ」
「ついさっき、この祭をけなしたろ。
本当は、この飾り付けに感動してたくせに…」
「う…うるさい!!
そういう事に気がついても、口にしないのがジェントルマンでしょ!!」
「別にぼくはジェントルマンを目指してないからね。
ぼくはその辺のどこにでもいる、女の子の注目を集める男でいいよ」
「そんなのアンタの───…」
「はいはいはい。イチャつくのも、その辺までにしてくださいね」
その時、パンパンパンと、手を叩く音と共に、冷静な男の声が割って入ってきた。
そちらへ振り返れば、この暑いさなか、背広をバリッと着こなし、涼しげな顔をしている男がいる。
彼こそ、検事局一有能と謳われている、響也付きの事務官だ。
「まったくこの暑いのに、目立つ二人が街中でイチャイチャして御覧なさい。
若い女の子なんて、あぁ〜やって写メに検事の事を撮って、絶対どこぞの掲示板で『ガリュウが、彼女と仙台七夕祭に来てました』とか投書するんですよ」
彼が指し示した先では、なるほど。
携帯を片手にパシャパシャと写真を撮りまくっている、一般人がゴロゴロと居る。
その様子に響也も困ったのか、前髪を弄ぶ、いつもの癖を見せる。
「ぼくはともかく、刑事くんだよね。困るのは。マスコミはうるさいからね。
それこそ葉見垣みたいなのだらけだから…」
そして響也は自分の軽率さに少し、苛立ちを覚えた。
ただでさえこの間も、「スクープや」とか言って、わけの分からない女ジャーナリストに、犬の散歩中、知り合いの主婦と挨拶を交わしただけで、『恋人発覚!』という、捏造記事を書かれそうになったばかりだというのに。
その際、爽やかな笑みを満面に浮かべ、名刺を受け取ったが『いやらしい芸能記者』という肩書きと、こげた綿菓子のような頭をしていた事くらいしか、覚えていない。
まあ別に、茜とだったら捏造でも、事実でも、そういう記事を書かれたならば、全力で守る気はあるのだが…。
「…いやらしい顔してないで、どうするんですか?」
有能な事務官が、思考が現実を離れてしまったらしい上司に、冷たくそう、ツッコミを入れる。
その彼に響也が口を尖らせながら返した。
「別に君まで仙台に来る必要はなかっただろう」
「論点がずれていますが、敢えて答えましょう。
彼女に頼まれたんですよ。萩の月と笹かまぼこを肴に、酒を飲みたいから、それとプラスして宮城産の日本酒を買ってきて…と」
何気なく自慢されたと思いながらも、響也は「どうしよう」と、他人事のように呟いた。
それに事務官は溜息をそっとつくと、大衆の前まで行き、「申し訳ありません」と前置きし、「今、事件の捜査中なので」と説明した上で、なにやら法律の事なども口にしつつ、データを消してください。と口にして、そして付け加えた。
「事件の捜査が終わりましたら、ガリュウが皆さんと写真を撮っても構わない、と申しておりますので、また後ほど…」
その言葉に歓声を上げたのは、そこに集まった野次馬達、そしてそれに「ゲッ」と思わず声を上げてしまったのは響也。
「ただし、時間があった場合の話ですので、御了承ください」
そう言うと彼は、響也と茜を引き連れて、目抜き通りを立ち去った。