響也はその言葉にも、何も返答せずに無言で返した。
普段の彼なら、この辺りで、茜が何を話そうとしているのか気がついたのだろうが、 今日はそれを察するほどのゆとりはないらしい。
茜は、その彼の心情を、自分の経験において理解し、 無意識に唇を噛み締め、そして先を続けた。

「ウチは両親を早くに亡くして、私にとって家族と呼べる人間は、お 姉ちゃんしか居ませんでしたから…だから…。
お姉ちゃんが捕まった時には、心臓が凍るような想いでした。
当時はまだ高校生で、子供だったし…それに───…」
「ストーップ!」
「?」

やっと茜が何を語ろうとしていたのか理解した響也は、そこで彼女の話を遮ると、 相変らずチェアーに腰掛けたまま彼女に向き直り、そして続ける。

「それはつまり。
今回の事を君なりに慰めくれていると、理解してもいいのかな?」
「…まあ、そうですね」

茜の言葉に、響也は盛大な溜息を吐き捨てると、ヤレヤレとばかりにこう続けた。

「悪いけど…。
そんな辛そうな顔で、女性に自分の過去を語られても、ぼくには何の慰めにもならないよ。
むしろその方が、ぼくにとっては気落ちする」

そこで響也は、一息つくと、茜から視線を反らし、窓の下に広がる、 ネオンに染まった町を見つめつつ、「それに…」と、前置きした後に、語り出した。

「アニキの事は…しょうがない…と、割り切っているから。
ぼくは検事だからね。
身内と言えども、犯罪者を黙認するわけにはいかない…」
「……………」

どうしてこの人は。
思った瞬間、腹が立った。
いつもなら、どうでもいいような事ですら、グチグチと言っているはずなのに、 本当の傷を隠そうとするから腹が立つ。
どうしてこんな時でも、「カッコイイ自分」を装うとするのだろう。
もう少し、自分が弱い人間だと認めればいいのに、と思った瞬間、 言いようのない怒りがこみ上げてくる。
このまま帰ってやろうか。とも思ったが、このままでは気が治まらないとばかりに、彼女は 彼の荒を探すように、再度、部屋の中へを見回して、聞いているはずのオーディオの 電源が入っていない事に気がついた。
その事で自分の直感が正しいと気がつくと、何をこの場で取繕い、あまつさえ、 強がろうとしているのか。と、呆れて溜息を吐き捨てた。
そして、怒りと共に、ヅカヅカと部屋の中へと足を踏み入れ、 「来るな!」と静止しようとする、響也の言葉も無視して、茜は彼の前に、 仁王立ちになると、ヘッドホンをひったくった。

案の定、聴いているはずの音楽は流れていない。
そして、サングラスの下に隠されている目を確認すると、 それはひったくらないでやろうと決めた。
涙の後を確認したから。

その代りに、「はぁ〜」と、再び、盛大な溜息をつくと、 「さすがのあなたも、兄と親友が立て続けに犯罪者となってしまっては、 落ち込まないわけはないですよね…」
そう、見下ろす形で彼へ告げる。

「うっ…。勘は鋭いよね、刑事クンは…」
「ええ。おかげさまで…」

そう返した瞬間、茜はある事に気がついて、
「そういう時は、勘"は"じゃなくて、勘"も"という使い方が、正しい用途ですよ!」
と、速攻でツッコミを入れた。

しかし、響也はそれに対して、何の返答も用意していないらしい。

「つまり、この程度の切り返しにすら、笑顔を浮かべて、 嫌味の一つも返せないほどに、落ち込んでいるってワケですね」

冷ややかな声で、そう告げた茜に対し、響也は少しムキになって返す。

「う…うるさいな。ぼくだって若者らしく、悩む事だってあるんだよ。
確かに法廷では、担当検事だった事もあって、あまり悩んでいる時間は無かったから、 自分には似合わないと言って、悩む事を放棄したけどね」
「そうですね。正直あの時の検事は、カッコイイと思いましたよ。
あなたの事が大嫌いな私でも」

まっすぐと目を見て、茜が正直にそう告げたのに、響也は再び、 グ。と息を飲み込むと、そのまま苦々しげに告げた。

「君は本当に、言い辛い事をハッキリ言うね。
自慢じゃないけど、ぼくに対して面と向かって、"大嫌い"なんて事を口にしたのは、 男でも女でも、君が初めてだよ」
「軽く自慢しますか、この状況で…」

茜はその言葉をまんま受け止めて、こんなヤツの心配などしてやるのではなかったと、 言わんばかりの口調で返す。
それに対し響也は、落とすように、寂しげな笑みと、 諦めたような表情をすると、安心したような声音で告げる。




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