このお話は逆転裁判4のネタバレを含みます。
それ以上に嘘大げさ紛らわしい、捏造のお話です。
また、ナルマヨの捏造話など読みたくもない。という方はこちらからTOPページへお帰りください。







───… ケッコンシヨウ。
 不意に相手の口から出たその言葉に、時が止まり、自分の耳を疑ったのは言うまでもない。



 みぬきを引き取る為に、家庭裁判所へ足を運べば、やはりというか、当然というかの対応をされた。

『すみませんが、成歩堂さん。あなたには子供を引き取る資格がありません』

 その担当は審議をするまでもなく、これから生活が不安定になると予想される成歩堂を見て、そう返した。
 いくら両親がいないとは言え、フリーターに毛が生えた程度の収入しか見込めない先に再就職した、元弁護士に小さな子供を預ける事はできないのだという。

 養子縁組にしろ、養育制度にしろ、基本は子供の生活を守る為の制度だからだ。
 生活が困窮するのは目に見えているし、しかも養育者になるには、県の条例にも反している。
 主に収入面において。

 養子縁組については、普通養子縁組という、元の親との関係は下のまま、養親となる親と一緒に生活し、書類上も『養子』扱いで記載される物と、特別養子縁組という、元の親子関係を書類上断ち切ってしまい、書類においても『嫡子』扱いできる物とがある。
 普通養子縁組とは違い、特別養子縁組は、書類を見ただけではそれと分からないようになっている。

 みぬきの戸籍に『養女』と記されるのがイヤで、成歩堂は特別養子縁組をする為に、家庭裁判所へと足を向けたのだが、上に通されるまでも無く、窓口でその種類を柔らかな対応で返されてしまった。
 みぬきに尋ねれば、『養女扱いでもかまわない』。と満面の笑みで答えるだろう。
 その笑顔に隠された感情は、別としても…。

 みぬきは人の気持ちを理解した上で、自分の本心を隠す傾向がある。
 まだ8歳なのに、大人の都合に合わせ、心配をかけまいと笑顔を絶やさない。

 例えば、普通の8歳の子供が、みぬきと同じ事を父親に頼まれた場合、素直にその計画に協力するだろうか?
 答えは、否だろう。

『これから私とお前は別れて生活しなくてはいけないんだ』

 そう、いくら説明されたとしても、8歳の子供なら、『お父さん!行かないで!』とすがり、一人で行ってしまった父親に対し、『捨てられた』と、恨むかもしれない。
 そう、ただでさえ、父一人、子一人、のそんな環境なのだから、『捨てられる』と思えば、あのような計画には協力しないだろう。

 だが、『みぬき』だったから、あのような父親の我侭に付き合ったのだ。
 本心は隠して、多分、『お父さんのためにも…自分のためにも…』と、自分に言い聞かせた。
 そんなみぬきの事だから、成歩堂はどうしても、書類上に『養女』という単語が記載されるのがイヤだった。

『所詮、書類上、紙の上だけの話なのに…』

 そう、そんな物の為に、子供の彼女に大人の勝手な都合で、不要な気遣いをさせてしまうのが嫌だから…。
 そして、自分の力の無さに、嫌気が差し、同時に苛立ちを覚えた。

 単なる紙切れのクセに、それは『国』や『法律』という名の最強の武器を持ち、成歩堂の前に立ちふさがっている。
 弁護士をしていた時も、法律と国家権力の間に挟まれて、弁護士の無力さに落胆した事が度々あったが、それでも彼は決して諦めようとは思わなかった。
 それは一重に、自分の信じた依頼人を信じ、自分を信じてくれた依頼人の信用を裏切るような事はしたくなかったからだ。
 いつもそこには、依頼人にとってどのような結果が最良の物なのか?という信念があり、真実を追究するためには、どんな事でもして証明する。という、執念にも似た感情があった。

 それでも。

 時として、検事の持つ情報量と、弁護士の自分が持つ情報量の差に、『弁護士』の無力さを痛感した。

 そして今。
 成歩堂は、弁護士でもなく、ただの『成歩堂 龍一』という人間の無力さを痛感し、その事に苛立ちを覚えて、溜息を吐き捨てた。

 気持ちを切り替えようと、深呼吸をする。
 そして少し、冷静さを取り戻してから、みぬきにとって何が一番、最良の選択になるのだろうか。という事を考え出す。
 それと同時に、特別養子縁組制度について考えを巡らせ、どうにかならない物か…と考えを巡らせる。

 通常、特別養子縁組をするためには、『父母の承諾』が必要になる。
 みぬきは言っていた。
 父親が、『何かあった時には成歩堂を頼るように』。と、そう言っていたと。
 だから父が逃走する手助けをしたのだ。とも。
 母親については亡くなっているそうだから、親の承諾を得ているので、その辺りはまず大丈夫。問題無い。
 それに、父親は殺人事件の容疑者で、審議中に逃亡したのだし、そうなれば『父母による監護が著しく困難または、不適当などの特別な事情』に類するのでまず、問題とはならない。
 それだけの問題なら、ちゃんとした職につけば良いだけの話だ。
 仕事を選ばなければ、まだ彼の年齢なら探せば正社員として雇ってくれる会社も十分あるだろう。

 しかし。それ以外にもまだ、もう一つ問題がある。

 そこでまた成歩堂は、長い溜息を吐き捨てた。
 『みぬきを一人にはしたくない』。
 その想いが成歩堂を焦れさせ、苛立たせる。

 本当に…。

 自問する。

『あなたは彼女にとって、それが最良の幸せに繋がると、本当にお思いですか?』

 家庭裁判所で書類を受け取った担当が、成歩堂へとそう問いかけてきた。

『あなたはもう、弁護士ではありません。
 今までのように、常に安定した収入も得られませんし、自営業をされる用でもありませんので、今までのようにご自宅兼職場というわけにはいかなくなります。
 そうなると外へ仕事をしに出かけなければいけなくなりますし、彼女を一人にしてしまう時間も出てきます。
 しかも、その仕事も今現在、定まっては居ない状態です。
 『養子制度』は、子供の生活を守る事なのです。
 特に彼女を実子のとして戸籍登録なされるには───…』

 最後に『弁護士をされていたのであれば、その事については、もちろん、ご存知でしたよね?』と、担当者に言われ、成歩堂は苦笑を浮かべ、そのまま家庭裁判所を後にした。
『弁護士だって、専門外の法律の事なんて、知らないですよ』。
 と、その笑顔の下に本音を隠して。



「ただいま」
 出来るだけ明るくそう告げて事務所へ入ると、彼が居ない間、みぬきを見ていてくれた真宵が「あ。お帰り」と、声を潜めて返した。
 その様子に成歩堂は、静かに真宵の傍までやってくると、彼女の膝で静かな寝息を立てているみぬきの姿を眩しそうに見つめた。

「…で…どうだったの?なるほど君」

 瞼にかかる前髪が煩わしのか、寝ながら顔を顰めた、みぬきのそれを優しくのけてやってから真宵は尋ねた。
 それに成歩堂は、小さく溜息をついて、「難しいみたいだ」と答え、あえて『無理だった』という言葉は口にしなかった。
 それはまだ、何か方法がある。と彼自身が信じている証拠でもあった。

 ただ一緒に生活するのなら、別に書類的な物はいらない。
 ままごとのような生活を送れば良いだけだから…。

 しかしそれでは後々、様々な問題が出てくる事だろう。
 当面、病院にかかる際に、みぬきの保険証がなくて困るし、転校の手続き一つにしても、保護者不詳では必要な書類一式が手に入らず、彼女をどこかの施設に預けなければいけなくなる。

 それではみぬきの生活を守る事が出来ない。

「どうして?何がいけないの?」
「う〜ん。やっぱり一番は、ぼくの収入が不安定になる事だね…」
 成歩堂はそう言って、苦笑を溢す。

 再就職先は、どういう風の吹き回しかは分からないが、牙琉 霧人が口利きをしてくれて、ピアノが弾けないのにもかかわらず、ボルハチという名のレストランでピアニストとして働く事が決まって入る。
 しかし、そこの収入だけでは、子供一人を養うのには無理がある。
 そもそも、成歩堂の生活を維持するのもかなりギリギリなのだ。

「じゃあ、他には?
 収入なんてピアニスト以外にも掛け持ちで何か別な仕事をすれば、ある程度稼げるから、それだけが問題じゃないよね?」

 真宵が鋭い所を突いて来ると、成歩堂は少し逡巡して口を開いた。

「あと、結婚してないのが問題らしい…」

 特別養子縁組の養親になる条件として、
『25歳以上の配偶者のある者(夫婦の一方が25歳以上であれば、他方は20歳以上でよい)で、夫婦共に養親となることが必要である』。
 という一文があるのだ。
 つまり、簡単に説明してしまえば、『25歳以上の夫もしくは妻が居る夫婦じゃなければ、子供を引き取る際に、自分の籍には入れることが出来ない』と、その文章は告げているのだ。
 理由としては、子供を育てるのに、不適切とされる実父母の代わりに育てるのだから、引き取る親も育てるのに十分な環境が揃っています。と、示さなければならないためだ。
 それらが全て揃わない限り、家庭裁判所では、その人物に子供の生活を、果ては将来を預けるわけにはいかない。と、収入面の事と重ねて言われたのだ。




「じゃあ、なるほど君。結婚しよう」




 真宵がそう口にした瞬間、事務所の中が水を打ったように静まり返り、成歩堂の時間が数秒、止まった。
 そして、今彼女が口にした事を頭の中で反芻してから、成歩堂は確認をする。
「結婚ってダレとダレが?」

 いつもの冗談か何かだろう。とは思いつつも、声が裏返ってしまったのだが、確認された真宵は、両手を握り締め、胸元に持ってくるいつものガッツポーズをして
「もちろん、私となるほど君が、だよ!
 まあ、なるほど君がイヤなら無理強いはしないけどさ」
 と、ムン。と鼻息も荒く告げる。
 まさにその姿は、冗談でも冷やかしでもなく、本気そのものだったのだが、成歩堂は我に返り、こう切り替えした。

「い…イヤイヤ。今はぼくがいやとか、真宵ちゃんがダメとかそんな話の前に、どうしてそう、極論を口にしたのかの方が…」
「何言ってるの!
 もうそんなに悠長にしてたら、みぬきちゃんがわけも分からない児童施設に入れられちゃうじゃない!
 お父さんも行方不明で、なるほど君以外に心から頼れる人も居ないのに、そんな所に預けて、ぐれちゃったりしたら大変じゃない!」
「でも事は結婚だよ。そんなに簡単な事じゃないし、それに結婚したって、真宵ちゃんはまだ、19歳じゃないか!」
 成歩堂の記憶が確かなら、真宵は19歳のはずだった。が。

「甘いね。なるほど君。
 なるほど君は忘れてるだろうけど、私は一昨日、20歳の誕生日を迎えているのです!
 だから何の問題のないね」
「イヤ。だから…」
 と、ささやかな攻防を繰り広げていたら、真宵がポツリと
「つまり、なるほど君は私と結婚するのがイヤなんだね」
 と呟いた。

 真宵は一瞬だけ、悲しそうな目をしたが、相手に悟られぬように、みぬきへと視線を落す。
 彼女が寝ている事を忘れ、思わず大声で口論してしまったが、どうやらいまだ、夢の世界の住人だ。

「…別に私、みぬきちゃんのためだけに言ってるんじゃないんだよ。
 なるほど君にはこの子が必要だし、みぬきちゃんにもなるほど君は必要だと思うから、二人が離れない為に、それが必要なら書類上だけでも、なるほど君と夫婦になるの、私はイヤじゃないよ」
「あ…イヤだから…そうじゃなくて、こういう事はもっとじっくり、真剣に考えて、後悔しない様に…」
「それに…私はこの事務所がなくなるのもイヤ。
 このままだったら、なるほど君。ここの家賃も支払えなくなって、路頭に迷うでしょ?」
「う」
 案外、的を射た真宵のそれに、成歩堂は二の句を告げなくなる。

「ここは、お姉ちゃんとなるほど君、そして私とはみちゃん。
 なるほど君が助けたたくさんの依頼人との想い出が…。
 なるほど君が今まで弁護士として過ごしてきた、全てが詰っている場所だから。
 だから、失いたくないの…。
 だから…。………私、決めてたんだ」
「決めてた?」
「うん。家元になったら、なるほど君に恩返ししようって」
「…恩返し?」
 まるで鸚鵡か何かのように、真宵が告げた言葉を成歩堂は復唱している。

「今までイロイロと守ってもらったから、なるほど君の為に出来る事はなんでもしよう。って、そう決めてたんだ。
 だからね。みぬきちゃんとなるほど君が親子ごっこじゃなくて、書類上でも親子としているのに必要なら、結婚しよう。
 まあ、なるほど君がイヤなら本当、無理強いはしないけど」
 『イヤとかじゃなく』と口にしそうになって、それでは堂々巡りになると気がついた成歩堂は、返す言葉を変えた。

「…感傷に浸って、軽々しくそういう事はするものじゃないよ。
 結婚って真宵ちゃんが思ってるほど簡単な問題でもないし、なにより、まだ20歳の君の人生を、ぼくのエゴで縛ってしまう事にもなりかねない…。
 それに、そこまでしてもらっても、真宵ちゃんに恩を返せるあてもなければ、養っていく自信もないし…」
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜。
 私が倉院流霊媒道の家元になるでしょ?」
「うん」
「で、霊媒でお金を稼ぐでしょ?」
「…うん」
 一瞬返事が遅くなったのは、真宵が考えている事が、手に取るように分かったからだ。

「その稼いだお金で、私がこの事務所のスポンサーをやる!」

 やっぱり。

 どうしてこの子はいつも前向きで、突拍子も無い事をペロリ。と口にしてしまえるのだろう。
 正直、このポジティブさを自分にも分けてもらいたい、と成歩堂が項垂れている姿に、真宵は告げる。

「だから。なるほど君はここに居て。
 私は倉院の里で家元として頑張るから…。
 今まで、なるほど君に守ってもらっていた分、自分一人でどんな困難にも立ち向かえるように、強くなるための努力をするから…。
 だから…ね。この場所を失いたくないんだ」
「でも。やっぱりそんな事を言われても、恩を返せる当てがないんだよね。
 今まで世話した分の恩返しにしては足が出ちゃうし…」
「…大丈夫だよ。
 私。なるほど君の事、信じてるから…」
 覗き込むように告げて来たその彼女の顔に、今までの幼さよりも、女性の艶っぽさを感じてしまい、思わず、成歩堂の顔に朱がともった。

「…なるほど君は捏造なんてしてない。
 だからいつかきっと、その身の潔白が明かされて、また弁護士に戻れるって、そう信じてるから…」

 絶対なる信頼を秘めたその言葉に、成歩堂は息の詰る思いがした。

 信じていた依頼人には失踪され、自分の知らない所で捏造の疑惑をかけられ職を失い、それと同時に背を向けた知り合いが何人も居た。
 絶望を思い知り、現実に打ち拉がれても、みぬきと真宵の屈託の無い笑顔に救われた。

────…… …孤独な人を守りたい。

 そんな思いを胸に弁護士になった自分が、また孤独を感じた時に、彼女達は変らずにそのまま、成歩堂を成歩堂として接してくれた。


「だから…婚姻届は、『弁護士・成歩堂 龍一の姿を、みぬきちゃんの次に見せてあげますよ』っていう契約書にしようよ。
 所詮、結婚も離婚も、紙切れ一枚に、署名捺印するだけの物で、単なる紙切れが結んでる縁なんだからさ。
 例えばこの結婚で、バツが私の戸籍に一個ついたって、私は別に恥ずかしくないよ。
 それは必要な事だったんだ!って、胸張って言えるもん。
 でも、その私の価値観をなるほど君に押付ける気はないから、この契約を結ぶも結ばないも、なるほど君しだいだよ…」

 そうニッコリ微笑んだ真宵を成歩堂は自然と優しく抱きしめていた。
 いつしか忘れていたことがある。

 ─── …守っているつもりでいた自分が本当は、彼女に守られていた。という事を…。
「真宵ちゃんがそれでも幸せって言うなら、その言葉に甘えたいな」

 彼女に根負けし、自分の無力さを尚、思い知った成歩堂は、溜息混じりにそう告げた。

「うん。勿論、幸せだよ。
 成歩堂 真宵ってのも悪くないよね」
「まあ、今は男女別姓ってのもあるから…」
「え〜。折角なんだし、籍も入れちゃおうよ!」
「はいはい。じゃあ、成歩堂 真宵ね…」
 そう言って二人で微笑み、見詰め合い、しばらく無言で見つめあった後、どちらから。という訳でもなく、自然と更に顔が近いていく…。



「う〜ん」

 お互いの唇が触れ合いそうになった瞬間、真宵の膝の上で寝ていたみぬきが目を覚まし、成歩堂を見れば、眠い目をこすりながら「パパ。お帰り」と、まだ寝ぼけ声で告げた。
 そのみぬきに、成歩堂は苦笑いを浮かべながらも、「ただいま」と告げた。



 その二日後。
 成歩堂が家庭裁判所に行くと、担当者は「しつこい人ですね」と、苦笑いを浮かべながら、一人の子供を養育するのに、わざわざ結婚をした男を見つめ、渋々、書類を受理されたという。



契約結婚

2008.11.22


あとがき


 養育者にも養親にも、漫画やドラマのように簡単にはなれません。
 ましてやなるほど君は一人っ子のような話もしていましたし(2参照。2話目でのどかを尋問中に「待った」をかけると、そのような話が聞けます)、そんな人が一人で子育て!?
 そもそも、『4』のダメだし会議を真野としていた時に、法律を扱うゲームで、養育権をこんなに簡単に扱ってもいいのかな?という話が出ていて、しばらく経って、『養子縁組』について調べてみた所、『特別養子縁組』(調べるまでこの制度の事はまったく知りませんでした)の事を知り、「あ。これって…」と思いついて、ナルマヨに変換してみたのですが…。
 すみません。甘さを加えようとして、更にヘンテコなお話になってしまいました。
 しかも、真宵のキャラが大きく変わってしまっていて、本当にごめんなさい。
 多分、もうしません。
(しかも、お話もラストだけ取って付けたようになってしまいましたし…)


悠梛 翼

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