※ネタバレがあります。
未クリア&未プレイの方はご注意下さい。
また、オリジナルキャラクターが登場しておりますのでパロディーにそういうものが出るのが苦手という方は、こちらからTOPページへお戻り下さい。
検事局には鬼がいる。
その鬼が嫌う言葉は『ガリューウェーブコンサートツアー』だ。
チャカチャカと携帯がけたたましいメロディを奏でだすと、牙琉 響也付きの事務官は眉を寄せた。
心底嫌そうな顔とは、まさにこの事を言うに違いない。
着信音の曲名は『恋の六法全書』とか言ったように思うが、『ガリュウからの着信音はコレにして。私この曲が一番好きなの』と、彼女が勝手に設定をしたので覚えていない。
もっと白状してしまえば、検事・牙琉については興味があるが、アーティスト・ガリュウにはまったく興味がなかったし、むしろアーティストの彼は、事務官にとって事務官にとっては不要だった。
それは彼が響也の担当を任された時に、『ガリューウェーブの活動への協力は、一切しません。
またその活動の手伝いを頼まれた際には、即刻、彼の担当から外してください』と、検事局長へ断言したほどだ。
そして今、彼がこの着信を聞き、顔を顰めたのは、ディスプレイを確認せずともそこに、『牙琉・弟』と表示され、それが響也個人の携帯から発信されている、プライベートな用件だと察したからだ。
いまだ勤務中の事務官にとって、それは不快この上ない事である。
現在の時刻は、17:30と時計が示している。
今、抱えているいくつかの案件の資料を揃え、午前中に法廷での仕事を終えて執務室に篭もっているはずの響也に、それらを届けに来た彼は、書類整理をしているはずの上司が、手当たりしだいひっくり返した部屋の様子と、床に這い蹲り、怒りながら何かを探しているらしい姿を認め、訝しげに訊ねた。
「何してるんです?」
事務官が呆れてそう声を掛けると、響也は不機嫌な様子を取繕う事無く、
「ぼくの鍵がないんだよ!君、知らないか!」
と、怒鳴りつけてきた。
そして、その理不尽な態度に腹が立ち、「知りません。では失礼します」と、書類をスピーカーの上に置き、背を向けてその場を去ろうとすると、響也は、「あ!ご…ゴメンナサイ!事務官クン。ぼくの鍵を一緒に探してくれないかな?」と、下手に出てきた。
結局、三十分ばかり一緒に探したが──おかげでただでさえコチャコチャと書類の多い執務室が、最終的にはゴチャゴチャになってしまった──見つからず、タクシーで会場へ向かう事にした彼の為に車を呼んでやったのが今から一時間ほど前だった。
そんな回想をしている間も、携帯が鳴り止む事は無さそうなので、「はぁ」と溜息を吐き捨ててから事務官は「はい」と、あくまで事務的な声で電話に出た。
《仕事中に申し訳ないけど》
「はい」
内心、『分かっているなら、電話をかけてこないで下さい』と、喉元まで出掛かった言葉を必死で堪え、彼はそうとだけ返した。
《あのさ。電車ってどうやって乗る物だっただろう》
一瞬、彼の周りの時が止まった。
そもそも、自分が聞いた言葉が間違いでは?とさえ思えた。
そして、『はぁ?』と、相手をバカにしたように訊ねようかとも思ったが、ほんの少し残っていた理性でそれを堪え、そして、質問の意図を理解しようと努めた。
響也は入局して以来ずっと、バイクや車などの個人が所有する乗り物で出勤してきており、有名人の彼は、『プライベートでも公共の乗り物は利用しない』。と言っていたから利用した事が無いために出た質問か?と理解した上で、なぜ彼から今、『電車の乗り方』について訊ねられたのか?と訝る。
《あ。せっかく呼んでもらったタクシーだったんだけど、渋滞に捕まってしまってね。
運転手さんが『電車の方が早そうですよ』と勧めてくれたから》
それでか。と、事務官は納得し、再び、時計を見やった。
17:35。
──迷惑だろうな。
そんな事を内心で思いながらも、時として人は自分の欲望に勝てない時がある。
そして今彼は、あっさり自分の欲望に屈した。
「検事。知ってますか?
今は携帯電話で電車に乗れるんですよ」
《え?何?携帯で?》
「そうです。電子マネーを使って。
もちろん、検事も電子マネー使ってますよね?」
《あ。そうか。携帯のクレジット機能だね。
でも、どう使うの?》
こうして哀れな子羊は、虫の居所が悪い狼の牙に、今かかろうとしていた。
「お財布携帯の要領で、改札の“ス○カ”ってローマ字の書かれている場所にかざせばいいんですよ。携帯を…。
あ。でも電話は切らなければいけませんね」
《あ。そうだね。
どうもありがとう》
響也はそう言うと、即刻電話を切った。
そして物の数秒と経たないうちに、再び携帯が着信を告げた。
着メロは『恋の六法全書』で、ディスプレイには、『牙琉・弟』の文字がと表示されている。
「もしもし」
《事務官クンの嘘つき!
改札を通ろうと思ったら、すごい音とバリケードで止められて、すごく恥ずかしい思いをしたじゃないか!》
「ああ。すみません。モバイルス○カの会員登録をしていないと使えない事を、すっかり忘れていました」
《おかげで時間をロスしちゃったし、笑われて、指差されちゃったじゃないか!》
電話先の響也は本気で腹を立てている。
そして事務官は響也をからかっているこの間も、自分の仕事は滞り、おたおたしている相手を目の当たりに出来ない事実を理解し、「じゃあ」と駅名を聞いた上で、路線と方向を教え、券売機で一万円の切符を買い、7駅先がコンサート会場の最寄り駅ですよ。とアドバイスをし、重ねて、日本の電車では靴を脱いで乗るのも忘れずに。と誰でも嘘と分かるような嘘を口にして、電話を切った。
その後、妙に素直な響也が、日本の電車が土足禁止ではないと知るのは、その数秒後の話で、7駅分、片道の切符代が500円もしないと知るのは、もう少し先の話。
そして再度、からかわれたと知って、事務官に猛抗議を決意するも、それが出来なくなるほど忙しくなる事を知るのは、それよりもう少し先の話だ。
電車に乗ろうと思って靴を脱いだら笑われて、事務官に騙された事にそこでようやく気がついて、恥ずかしげに乗り込んだその車内は、帰宅ラッシュの満員電車だった。
もみくちゃにされるように乗っていたのだが、そんな中でもオーラが違うのだろう。
響也の存在に気がついた女子高生の一人が、「あ…ガ…ガリュウだよ!」と、こちらを指差さされのが運のつき。
次から次へと響也を発見したファン達が、彼を指差し、『ガリュウだ!』、『本物だァ〜』、『キャァ〜キャァ〜』などの歓声を上げ、それがまさにウェーブとなり、更なる混乱を引き起こし、終には車掌に、『すみません。こちらへどうぞ』と、これ以上混乱が起きては困るとばかりに、車掌室の席に座っていて下さい。と案内された。
そしてその車掌から、「その駅までは160円ですよ」と教えられ、釣銭を返してもらったが、あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になったのは言うまでもない。
『事務官め!覚えてろよ!』と、思いつつ、怒りの全速疾走で会場まで駅から駆け込んだら、他のメンバーの白い目に睨まれた。
「響也。30分遅刻だぞ」
大庵が時計を指差して告げると、響也は、今日の不運について説明をした。
「もう!事務官クンの所為で大恥をかいちゃったよ!」
顔を真っ赤にしてプンプンと怒っている響也に、大庵が告げる。
「そりゃあ、あの人。
ガリュウウェーブの活動に対して否定的なんだから、しょうがないだろ。
しかも、仕事してたんだったら、検事局の、検事事務官の、仕事の鬼って言われてる人だぞ。
そんなふざけた内容の電話なら、ご不興を買って、いじられても仕方ないんじゃないか?」
と、ストレートに響也が相談する相手の選別を間違った事を指摘した。
そして響也は、「あうあう」と喘いだ上で、少し、落ち込んだのか「また嫌われてしまったかな」と、呟いた。
「お前。
あの人に嫌われてんの?」
「今でこそ、プライベートの携帯から電話かけても出てくれるんだけど…。
最初の1、2年は無視されたね。
何よりも初対面の時には、
『ロックシンガーの片手間に、検事をやるような人のお守をするつもりはないので、検事の仕事をおろそかにしないでくださいね』と、ニッコリ微笑んで牽制されたし…」
「まあ。元々あの人。狩魔検事や御剣検事が居た頃には、検事局長の事務官やる傍ら、御剣検事を始め、トップ検事の事務官も担当してたんだろ?
それなら響也に対して不快な思いを抱いてもしょうがないかもな」
しかも、彼が検事をやれば良いのに。とか、弁護士をやっていなくて良かった。などとも言われているほどの実力がある事務官だ。
響也自身も、長く彼と一緒に仕事をしてきて、彼の有能さは充分、理解している。
実際、司法修習まで行き、あとは検事か、もしくは弁護士の採用試験さえパスすれば、それらの職にはつけたという経歴を持っているだけに、彼がなぜ、事務官止まりで居るのかと、響也も不思議に思う事がある。
そして一度、その事を彼に尋ねたのだが、煙に撒かれてしまった。
その時。
カチャリと扉が開く音と共に「失礼します」と、茜が入って来た。
今日の警備担当は茜で、「人員配置」についての打ち合わせに来たのだが、響也の不機嫌そうな姿を見て、「失礼しました」と踵を返そうとした。
その茜の肩を響也が、「待ちなよ!刑事クン!」とガッシと掴んだ。
「な…何するんですか!」
「人員配置の打ち合わせに来たんだろ!見せてよ!」
「あ。はい。どうぞ。
じゃあ…」
書類を渡すとさっさとその場を逃げようとしたが、響也が茜の肩を掴んだままだったので、それは徒労に終った。
「ところで刑事クン」
響也は書類に目を通したままで茜へそう声を掛けた。
「なんですか?」
何を言われるのだろう?と、びくびくした様子の茜に、響也は事も無げ。と言った様子でこう訊ねた。
「君、今日、車で来たかい?」
「え?ええ。はい」
質問の意図が把握できずに、しどろもどろになりながらも、茜は正直に、そう答えていた。
「じゃあ、ぼくを家まで送っていってよ」
「はぁ?家ってどこの?誰のですか?」
その言葉には即座に反撃をした。
何故、コンサートの警備=仕事が終ってからも、この男と顔をつき合わせていなければいけないのか、それが茜にはまったく理解できないし、彼を自宅へ送り届ける必要性もまるっきり感じられなかったからだ。
そして、押し問答が始まり、その二人の様子をガリューウェーブのメンバーは冷ややかな視線で見つめた。
誰から見ても、この痴話喧嘩の原因は響也にある、と理解していたが、止めるのも面倒なので傍観者で居る事を決め込んだ。
「別に刑事クンの家でも構わないけど、ぼくの家だよ」
「何でそんなわけの分からない事を言い出すんですか?
ご自分のご自慢のバイクで帰れば良いじゃないですか!」
「ご自慢のバイクで帰りたくとも、鍵が無くて帰れないんだ。
あのキーホルダーには、ぼくの鍵が全て…」
そこで響也は重大な事を思い出した。
「今度はどうしました?」
茜が怪訝そうに訊ねると、彼は、「何という事だ」と、ふるふると震え出した。
「ぼくの部屋の鍵も、あのキーホルダーにつきっぱなしじゃないか!
もう今日は、刑事クン家に泊めてよ!」
怒りに任せて発せられた響也のその言葉は、どさくさ紛れのセクハラだった。
「何でそういう結論に達するんですか!
鍵を無くしたのは自己責任でしょ!
大人しく今日は検事局にでも泊まって、明日、管理人さんに言って、新しい鍵を付け直してもらえば良いじゃないですか!」
「いいや、もう決めた!
ぼくは今日、さんざん酷い目に合ったんだから、一日の最後くらい良い思いをしても罰は当たらないとも!
コレは検事・牙琉 響也として、刑事・宝月 茜に命令するよ!
ぼくを今日、君の部屋に泊めなさい!
分かったね」
「分かるか!このジャラ助!
しかもそれ、セクハラな上にパワハラだから!
本当、アンタって男は、サイテーなヤツですね!」
あまりにも理不尽な響也の提案に、茜はかりんとうを一つと言わずに、片手に握れるだけ握り締め、それを投げつけた。
しかし響也は、ランダムに投げつけられたそれら全てを、ひょい。っと一歩、後ずさっただけで避けてしまった。
こうやって、なんでもスマートにこなしてしまう、器用なこの男が本当に腹立たしい。
同じ人間だと言うのに、とんとん拍子で人生を渡ってきた目の前の男に、茜は心底、苛立ち、怨念すら抱いた。
そして、ギリギリとにらみ合いを始めた二人の間に、渋い男性の声が「打ち合わせに来たのですが」と割って入り、その話は中断した。
そしてその数時間後、その二人の間に割って入った男性は、何者かによって殺害されてしまう。
こうして、響也にとって人生災厄の日は、殺人事件で幕を下ろし──しかも無くしたと思っていた鍵を、死体がガッチリ握っていたと言う顛末つきで──、結局、茜が言ったとおり、その日は検事局で一夜を過ごす事になる。
余談だが、彼の担当事務官が、『ガリューウェーブ』と『アーティスト・ガリュウ』を更に嫌いになった事は言うまでもない。
その証拠に彼は、それからしばらく、『恋の六法全書』がかかる『牙琉・弟』の電話には一切出なかったと言う。
牙琉 響也の24年中、最も不幸な一日
2008.09.20.UP
あとがき
去年の12月の某企画内であったチャットが元になっているお話です。(確か、職場から参加した覚えがあるので間違いないと思うのですが) 何かあの時は途中から参加して「こんな話をしてたんだよ」と真野から言われて「ああ、じゃあこうじゃない?」と私も適当に書いたように覚えています。 3話目の響也が『電車で会場入り』というのが、どうも真野的にはお気に入りらしいです。 たしかにあんな目立つ容姿の人が、ラッシュ時に電車に乗ったりした日には、かなりの騒ぎになるんじゃないのかなぁ〜?と、色々考えを巡らせて、こういうお話にさせていただきました。 また、オリジナルキャラクターである事務官がかなり美味しい所を持っていってしまっているのは、本当にすみません。 本当は、成歩堂でもオドロキ君でも良いように思うのですが、成歩堂には響也が電話したがらないだろうし、オドロキ君では、普通に説明して終わり。というやりとりになってしまうと思うので、それが出来ませんでした。 まあ、茜でもいいのでしょうが、その前に茜が電話に出ないんじゃないかな?とも思い、大庵にしてもオドロキ君と同じ理由から使えずに、結局、事務官に響也をいじらせてしまいました。 実は、この事務官には設定が無いようで地味に有ります。 響也がロックシンガーをやっていても、お仕事が順調に進むのは、相当、キレ者の事務官が居るおかげではないのだろうか?というイメージから生まれたキャラクターです。 御年32歳。という設定と響也のプライベート使用の携帯が『牙琉・弟』と表示されるのは、それなりに理由がありますが、いつか説明させていただいてもよろしいですか? (実は、初対面時に響也に対して牽制していたのも、響也の知らぬ所で色々あったためです)
悠梛 翼