男がそこにやってきたのは、ポーカーで"不敗神話"を作り続けているという、
男の真意を確かめるためだ。

ふと、ピアノ越しに、変わり果て、違う形の不敗神話を作り続けている男の後ろ姿を確認すると、
「はぁ〜」と、深く、暗い溜息を吐き捨てる。

あの男のあんなうらびれた姿など、見たくはなかった。
そしてあの男も、今更、自分に会いたいなどとは思ってもいないだろう。

イヤむしろ、自分が姿を見せた瞬間、あの男は逃げ出すかもしれない。
本気で…。「脱兎の如く」という表現が相応しいような姿で…。

この七年という年月の中で、自分と彼の立つ場所はすっかり変わってしまった。
同じ場所に立っていたのは過去の栄光だ。などと今のあの男は平然と言うだろう。

"捏造"の罪で弁護士の座を奪われたあの男を、彼はよく知っていたし、
だからこそ、あの男が捏造を指摘する事はあっても、それを行うなどありえないとも知っていた。
しかし、そんな人間性の話など今現在の、この国の法廷システムで論じた所で無意味だ。

目に見え、形として残る物のみが証拠とされる、この国の法廷では…。
そして、そういう物がこの国では、絶対の正義と信じられている。

そんなシステムは、旧世紀の異物だと。
呆れたように溜息を吐き捨てる。

そうしてから彼は、彼は意を決して歩き出した。
そう既に迷う必要がないほどに、彼の中では答えが既に出ていた。

今まで諸外国を渡り歩き、学んだ事を形にするためには、あの男の協力が絶対に必要だ。 そう、自分を変え、本来あるべき法廷システムへと目を向けさせた、あの男の…。

「ちょっと、いいだろうか」
彼はためらうことなく声をかけると、男はその声に、一瞬、怯えたように肩を震わせた。
その怯えは本当の物だったのだろう、逡巡した後に発した言葉は、声が掠れていた。

「えーと。…リクエストは受け付けておりませんが、希望とあればピアノを弾きますよ」
「貴様の下手なピアノなど、所望しない。
私の用があるのは、ポーカーで不敗伝説を作り上げている男でも、ピアノの弾けないピアノ弾きでもない。
元弁護士で、私の親友、成歩堂 龍一だ」

ピアノの弾けないピアニスト兼ポーカー打ちの元弁護士・成歩堂は、その相変わらずな親友の物言いに、絶句した後、振り返る事もできずにその場で固まった。
その彼に追い討ちをかけるように彼が言う。
「貴様は一体何をしている」

やはり言葉は返ってこない。
この七年。
彼はあえてこの親友に対し、連絡もしなかったし、バッチを剥奪された事を攻めもしなかった。
その代り、ほとぼりが冷めれば、自分の身の潔白を証明するために、自ら動き出し、その事で自分に助力を求めれば、迷わず手を貸してやろう。
と思っていたのだが、それは淡い期待で終わっていた。

「確かに、牙琉 響也は優秀な検事だが、新人ごときに濡れ衣を着せられ、おめおめと尻尾を巻き、負け犬のような人生を歩むような人間だとは思っていなかったのだが…」
依頼人を助けるために見せた執念を、少し自分のために注げば、この程度の冤罪、容易く晴らす事が出来たはずだ。
と、胸中で一人、呟いてから溜息をつく。
その溜息に、自分が呆れられていると感じた成歩堂は、びくびくと、御剣を見ずに訊ねる。
「…あのさ…御剣…。僕、君から逃げてもいいかな?」
「だめだ」
成歩堂の申し出は、瞬殺された。

成歩堂としては、この七年間、一度たりとも連絡をよこさず、自分から連絡するわけにもいかなかった相手の、怒りを肌でひしひしと感じ、どう釈明するべきかを逡巡していた。
そもそも、七年も音信不通だったのだ。
見限られ、あきれられていると思っていたし、将来を有望とされている天才検事が、捏造疑惑をかけられた元弁護士などとの交流があっては、後々の出世に響くと、絶縁されても当然だと理解していた。
「ん?」
ふと成歩堂は、違和感を覚え、その事について訊ねてみた。。

「御剣。お前。僕のこと親友って言ったか?」
「質問の意図が分からないのだが」
「だって、僕は捏造疑惑をかけられた弁護士だよ!」
「貴様が捏造したわけではあるまい」
「………」
「私は貴様が捏造を恨みこそすれ、自分がするような人間ではないとよく知っているつもりだが、間違いだったか?」
「………」
「少なくとも、貴様の身近に居た人間で、弁護士・成歩堂 龍一を知る者は全員、貴様が捏造などしていないと信じている。
私も冥も、矢張やそれに、真宵くんもそうではないのか?
あと、イトノコギリも一応、信じていたぞ」
その思いがけない言葉に、成歩堂の目頭が熱くなり、思わず涙があふれそうになる。
そんな成歩堂の姿に、御剣が泣かす間を与えずに声をかけた。

「今日、私がここに来たのは他でもない。
腑抜けて打ちひしがれ、すっかり枯れている貴様に、自分が何をするべき人間なのか、自分の住むべき世界がどこなのかを思い知らせてやるために来た」
「…何の話?」
「昔、話しただろう。私が世界中を歩き回っていたのは、
理想の法廷システムを作り上げるためだ。と。
現在この国で使われている法廷システムでは、どうしても限界がある。
なぜなら法律の穴をぬって、罪を犯す輩がいるからだ。
物証の無い発言も、根拠がないと証言を抹消されてしまう」

その御剣の言葉に、成歩堂は唇を噛み締める。
自分が捏造したという、明らかな物証がなかったため、法律的に罰せられなかったが、逆の物証も挙がらなかったために、弁護士の座を奪われたのだから。
「だから…こんなシステムを今、考案中だ」
御剣は、自分の鞄に納められた草案書類を、成歩堂の膝の上に置いた。
そこには"陪審員制度(日本における裁判員制度)の立案に向けて"と記されている。

「これ…は?」
「もう、何十年も前から検証されている制度だが、この国ではなかなか受け入れづらいらしく小康状態の計画だ。
このままでは埒が明かないので、こうして草案にまとめ、司法の要員達に送り、"裁判員制度実行委員会"なる物を発足させるにこぎつけた」
「…あいかわらず、やることのスケールが違うな」
「それで、この実行委員会の委員長なのだが、法律や法曹界の中側もある程度理解している上に、現在は外側から見る事のできる人間を…という事でまとまった」
「へぇ〜。すごいね」
「何を他人事のように言っている。
その委員長に成歩堂 龍一。
君こそが適任だと私も含め、他のメンバーも承認している」
「何?」
「だからこの案は、貴様に一任すると言っている。
全権をゆだねた上で、何かの不都合が生じた際には、私達も協力する。
だから、委員長をやってもらえないだろうか」

"また、弁護が出来るんですか!?"

数ヶ月前。
弁護士を続けていられるか、否かの瀬戸際に立たされた法介の言葉が、一瞬、脳裏を過る。
今の自分も
"また、法曹界の仕事に携わっても良いのか?"
と、親友に叫びたい気分だった。
「やるだろう?」
見透かされたように、決め付けた言葉だが、答えなど既に決まっている。
こうして、成歩堂 龍一の極秘任務が遂行しだしたのだ。




2007.06.10.UP



あとがき

常連だった御剣が、4では全然出てこなくて、真野と二人で、あーでもない、こーでもない。と、4の御剣姿を勝手に模索していた時に、このネタを思いつきました。
きっと5では、蘇る逆転で、巴さんがついていたポストに、御剣が座っていて、響也に色々と指示を出しているに姿が見れるに違いない。
なんて話もしてました。
(親友を法曹界から一時遠ざけていた響也に対して、妙に厳しい鬼上司。というのが理想です)
4で出てこなかったのは、一重に裁判員制度の草案まとめに、東奔西走していたからだと思っています。
とにかく、33歳の御剣と成歩堂が書きたくて捏造した作品です。

悠梛 翼



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