※逆転裁判4のネタバレがあります。
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 心にぽっかり空いた穴。
 後悔していないと言えば嘘になる。
 それでもこんな風に抜け殻のような状態なってしまうとは、想像もしていなかった。

   ただその日一日を生きている感覚が積み重なる日々を、どう表現すればいいのだろう。

 ああ。心の穴が思考する事を戸惑わせる。
 考えてしまえば、嫌でも気づかなければいけない。
 その感情に、その気持ちに。
 それを認めたくはない。
「ねえ。パパ。牛乳を買ってくるからお金をちょうだい」

 くりくりとして好奇心旺盛で賢そうな瞳が急に自分のそれを覗き込み、そう訴えてきたので成歩堂は少し驚きつつも、次の瞬間には笑顔を作り、その視線を窓の外へと逃がしてから、彼女へ告げた。

「外は雨が降っているから、二人で一緒に出かけよう。みぬき」

 その言葉にみぬきは、「うん!」と大きな声で嬉しそうに頷くと、急いで二人分のレインコートを用意して、玄関先まで行くと、少ししょんぼりしたように、傘が一本しかない事を告げた。

「……一本あれば十分だよ。相合傘で行けばいい」
「本当! 相合傘してもいいの!? パパ!」
「うん? 何か不都合でもあるの?」
「ううん。そうだよね。一本なら相合傘で十分だよね」

 そう言い相変わらず満面の笑みを浮かべた彼女に、

── …… 不思議な事を言うんだね。

 という言葉を成歩堂は飲み込むより他になかった。




 近所のスーパーへ向かう道すがら、みぬきが「っあ」と小さな声を漏らす。
 何に気を取られたのかと彼女の視線を追いながら、『ミィーミィー』と数匹の子猫が鳴く声を成歩堂は確認してから事情を理解した。

 今でもこういう不道徳な事はある物なのだな。と、成歩堂はため息を吐き捨てながら、ここ数日シトシトと降り続く雨のためだろう、よれよれになってしまった段ボール箱の中で、弱々しく鳴く三匹の子猫の姿を確認し、みぬきに「行こう」。と言葉短く告げてから、買い物へ行く途中だった事を思い出させた。

 お目当ての牛乳と当座の食事の材料を買い、ペット用品売り場を見つめるみぬきに「帰るよ」とだけ声をかけ、みぬきがこちらに来るまで待ってから、成歩堂は店を後にした。

 テトテトと自分の歩調に合わせるように歩くみぬきの様子に気がついた成歩堂は、ハッとしてゆるゆるとみぬきの横を歩けるように歩調に合わせる。
 どうも真宵と一緒に歩いていた時の癖が抜けずに、そのままスタスタと未だに歩いてしまう。
 そういう時は、どう表現するのが相応しいか分からない、もやもやとした感情が自分の胸を支配する。
 その事も含め個人的な感情から彼女に背を向けるような事は避けている。

── …… あの日。この子は父親の背中をどういう気持ちで見送ったのだろう。

 チクリ。と刺さった心のとげ。

 最初は先端だけがほんの少し刺さっていただけなのに、今では心を貫通し、穴をポッカリ開けてしまった。
 
 その時、『みぃみぃ』と子猫の声が耳に届く。

 来る時には三匹分の声が聞こえていたのに、ほんの30分ほど買い物をしていただけで、その声は一匹分しか聞こえなくなっていた。

 その取り残されてしまった子猫の泣き声は、

─── …… サミシイよ、サミシイよ。ダレカタスケテ。

 そう言っているように聞こえ、成歩堂は思わず自分で自分の体を抱きしめていた。

 道路に投げ出してしまった傘はパサリと落ち、買い物した荷物はズサっ。と足元に落ちた。

 そして最後にサーッと静かに降る雨音に紛れ、子猫の声が『みぃみぃ』と入ってくる。

 さみしい。

 それは誰の声だ?

 思わず手で口を覆いそうになったそれに、誰かの手が触れた。

 そちらの方へ成歩堂が視線を向けると、触れた手の持ち主は、
「パパ。あの子はさみしくて鳴いてるんじゃないんだよ。
 『ぼくはここに居るよ』。って、自分の存在を証明してるんだよ。
 そして、呼んでいるの。だからね。ほら」
 と告げてから指をさし、成歩堂はその先を追った。

 するとするりと木陰から舞い降りてきた母猫が、その子猫の首筋を優しくかむと、そこから連れ去っていった。

「あのお母さん猫、自分が知らない間に子猫たちを捨てられて、飼い主さんに対して相当、怒ってたみたいだね。
 だから他の子猫とはもう、一緒にはいられないだろうけど、あの子猫の事はこれからもずっと守っていくんだろうな。
 ……ねえ。パパ」
 子供とは思えないほどの落ち着いた声音で語るみぬきへと視線が動いた。

「本当に大切な人は、いつかまた戻ってくるから、ほんの一時のお別れはさみしくなんてないよ。
 今の私に必要なパパは、ここに、私の目の前に居る成歩堂 龍一だよ。
 さみしいから一緒に居るんじゃないの、必要だから傍にいさせてほしいの。
 だから、過去のことなんて考えないで、これからの事を考えようよ」

 そう言い終えた彼女は、成歩堂の両手をその小さなそれで包み込む。
 そうしてから満面の笑みを浮かべたので、彼も釣られて笑顔になっていた。

 あの事件の後、親しかった者達の背中を数多く見送った。
 そしてその時に感じた、喪失感とも焦燥感とも言えない、複雑な気持ちの中にあった『さみしさ』とも『悲しみ』とも言える感情を持て余していた自分と、あの日、父親の背を見送ったみぬきとを重ねていた自分を恥じて、その笑みが苦笑へと変わる。

 彼女に背を向けたくない。そう思っていたのは、彼女のためだと思い込んでいたが、本当は自分が親しい者の背中を、ここ数カ月であまりにも多く見送ったから、彼女も同じ気持ちに違いないだろう思い込んでいた。

 彼女の気持ちなど誰にもわかるわけはないのに。

「……そう……だね。みぬき。すっかり忘れていたよ。
 ぼくは、ぼくを頼りにして来てくれる依頼人を信じてずっと弁護士をしてきたんだ。
 そのぼく自身を信じないなんて、今までぼくを信じてくれた人たちに失礼だよね」
「そう。そしてね。みぬきの自慢のパパなの。だから信じてよ」

 そう言って満面の笑みを浮かべたみぬきの頭を、成歩堂は優しく撫でてから、落としてしまった買い物袋を拾うと、中身の無事を確認し、胸をなで下ろしてから、次には傘を拾う。

 そうしてから、「さあ、帰ろう」。とみぬきに手を差し伸べた。

 それにみぬきは「うん!」とまばゆいばかりの笑顔を浮かべ、その腕に元気よくからみつくと、伺うように尋ねた。

「ねえパパ。手を繋いでもいい?」

 その彼女の質問に、成歩堂は少し、戸惑いを見せつつも
「……いいよ。だってみぬきはぼくの自慢の娘なんだから」
 と返す。

 そうして二人が手を繋ぐと、みぬきが「あ!」と声を出し、空いている手で前方を指差した。
 その先を追って、声を出させた正体を成歩堂が確認すると
『虹だ』。
 と、二人同時にそのものの名前を口にした。




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 今日も静かな雨が降る。

 今、みぬきと一緒に買い物へ出かけたのは王泥喜である。
 二人が出かけて一時間ほど経つが、まだしばらくは帰ってきそうにないな、とため息をついてから、成歩堂は窓から空を覗き、とてもきれいな虹がかかっているのを見つけた。

 それを見て成歩堂はあの数日してから、近所の人が
「成歩堂さんのお宅は、娘さんとお父さんが本当に仲良しで羨ましいですね。
 この間の雨の日も、虹に向かって二人で手を繋いで歩いている姿があまりにもほほえましいので、私、携帯で思わず写真を撮ってしまったくらいですよ」
 そう前置きをしてから、隠し取りをしたみたいで申し訳なくて。と、わざわざプリントアウトした物を持って来てくれた事を思い出し、記憶を辿り閉まったと思われるキャビネットを空ける。

 しかし記憶していた場所には存在せず、どうしたものか。と、キャビネットを見回すと、そこに見覚えのないアルバムが並べられているのを見つけ、成歩堂はそれを手に取り、パラリとめくると、その一枚目で目を止める。

『パパとみぬきと』。

 そう書かれたその斜め右下のメモには
『このアルバムを、100万枚のパパとみぬきとそして、大切な人たちの写真で埋め尽くしたい!!』
 と書かれていた。

「……100万枚……か。
 そんな夢があるなら、もっと早く言ってくれれば良いのに……」

 そうつぶやくと、今はまだ、100枚にも満たないアルバムをめくりながら、成歩堂はそれを見終えると、それをそっと、その場所に戻してから、彼は出かけた。





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 数時間後。

「ねえ。パパ」
「ん?」
「今日は何の日?」
「みぬきの誕生日?」
「みぬきの誕生日はまだ先だよ」
「じゃあ牙琉君、今日って何か特別な事があったっけ?」

 成歩堂は写真撮影をするために三脚を組み立てたり、アングルを確認したりしている響也に向けてそんな質問を投げかけた。
 それに対して準備に夢中になっていた響也は少し不機嫌な調子で
「どうしてぼくにその質問を……」
 と口にしたが、全部を言い終える前に成歩堂に睨まれて一旦、言葉を止めてから、
「……ボンゴレにフィラリアの薬をあげる日だね」
「じゃあ、その記念日に牙琉君が我が家にデジカメと三脚のセットを買ってくれたくなったんだって」
「わーい。ありがとう。牙琉さん」
──…… なんじゃその記念日は。
 というのは王泥喜のツッコミである。

 みぬきと二人で当面の食材や接客用のお茶とタイムセールのトイレットペーパーを買って帰ってきたら、留守番をしているはずの成歩堂の姿が消えていた。
 事務所の鍵も掛けずにでかけた成歩堂に対し、「不用心な」というつぶやきをもらすと、みぬきがすかさず、「うちには盗まれるものはなにもないですから。私の手品の道具以外」とツッコミ返してきた。
 成歩堂が気まぐれで家を空けることは日常的な話なので、二人で買って来たものを片づけてから、お茶でもしよう。としていたところに、成歩堂が響也と茜を連れて事務所に戻ってきた。

「そういえば茜さんはどうして今日、牙琉検事と一緒だったんですか?」
「え?私?私はほら……イロイロと大人のじじょ……」
「異議ありだよ刑事クン。
 彼女はこの間捜査中に鑑識が使っているカメラを壊してしまってね。
 それでカメラを弁償しなければいけなくなって、それを経費で落とせないか経理課に在籍している、ガリューウェーブのメンバーに泣きついて、『カメラに詳しい知り合い紹介してあげて』と、最終的にぼくのところまわされた。というわけさ。
 ついでに『甘やかすなよ』と、ドスを利かせて言われてね。
 ……あのトキザネがあそこまで怒っているのは相当な事なんだけど刑事クン。君、どれだけ経費の無駄遣いをしているんだい?
 それとも、捜査中にパリンパリンと、備品や証拠品を壊しまくっていたりするのかい?」
「そ……そんなにしょっちゅう壊してないですよ」
「あ。でもみぬき。茜さんがこの間、趣味のカガク捜査をしようとして、カリブの海賊が持ってそうな剣をヘニョ。と壊しているところ見ましたよ」
「ふむふむ。それは、シャムシールだよね。
 つまり、あの不自然な刀身の曲がり具合は、刑事クンが悪かったわけだ。
 しかも、柄の一部が欠けていたのも、刑事クンが原因かな?
 ぼくが見た時はあのシャムシールは、傷一つない普通のシャムシールだったからね」
「……うう。ごめんなさい」
「……刑事クン……」
「はいはい。牙琉君。イチャイチャしてなくていいから、口より手を先に動かしてよ。
 茜ちゃんも刑事なんだから、そんなにそんなに鑑識や科捜研の人に迷惑をかけないようにしないと。刑事の地位も失うよ」
『う。すみません』
── すごい。鶴の一声だ。

「さ。これで大丈夫だよ。おデコクン」
「はい?」
「このリモコンで」
「あー。牙琉君と茜ちゃんもせっかくだから一、二枚、一緒に写真を撮っていってよ。
 できれば王泥喜君がカメラの扱い慣れるくらいの枚数、一緒に取ってくれるといいんだけど」
──…… オレかよ。
「さすがにそこまでの時間は無いですが、そうですね。
 せっかくですし、一緒に写真を撮りましょう」
「わーい。それならみぬき、響也さんと茜さんに挟まれたいな〜。
 パパと王泥喜さんとはカメラがあれば、いつでも撮れるし」
「そうだね。それじゃあ、お譲ちゃんの希望だし、刑事クンも異論はないね?」
「はい。それにみぬきちゃんの隣だし」
「……じゃあ、おでこクンはぼくの隣で操作を見ていてね」

 そう言うとレクチャーをしだす。
 そして数枚撮り終えて、王泥喜がちゃんと扱えるようになってから、響也と茜は「職場に戻らないと」と帰って行った。

 そうして、さらに数枚三人で撮ってから、液晶画面で写真を眺めてはしゃぐみぬきを、成歩堂は眩しそうに目を細めて見つめていた。




「っあ」
 思わず響也が声を漏らす。
「どうしたんですか?」
「いや。あの家、パソコンとプリンターあるのかな?」
 そう言った響也に対し、茜は目をパチパチと瞬かせてから返す。
「検事ってお人好しですよね」
「は?」
「……今はコンビニでもプリントアウトできますから、気にしなくても大丈夫ですよ」
 とため息をこぼしながら返した。

 その数日後、成歩堂なんでも事務所でパソコンとプリンターが無い事でちょっとした珍騒動が起きたのも、その事で響也が再び迷惑を被ったのも言うまでもない。



Milion Films.

2012.08.14UP



あとがき

 いつか成歩堂とみぬきのお話は書いてみたいと思っていました。
 これが完成形ではないですし、できればこれからもこの二人と王泥喜君の話は書きたいと思っています。
 本当は「これで響茜を!!」と真野からもらったコブクロのMDに入っていた「Milion Films.」ですが、久しぶりにそれを聞いたところ、これは響茜というよりは成歩堂とみぬきのお話を書きたいな。と思うような歌詞でした。
 たまに普段聞かない音楽を聴くと、インスピレーションをもらえますよね。
 そして真野へ向けて「コブクロ復活おめでとう」。という意味も込めて、響茜もプラスしてみました。

猫より犬派の悠梛 翼。




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